名誉市民

 木更津市では、市の行政、産業、文化など各方面において、市のために尽くされた方を、市長が木更津市名誉市民審議会の議を経て市議会の同意により推挙し、その功績をたたえて「名誉市民」の称号を贈っています。

山崎直(やまざきなおし)氏

山崎 直(やまざき なおし)氏生年月日 明治18年3月23日
推挙年月日 昭和47年10月28日
昭和50年3月6日永眠

町議会議員、市議会議員及び市長等戦前戦後をとおして数々の要職を歴任し、人格識見ともにすぐれた旺盛な実践力と厳正にして果断な行政手腕により、市政の発展に多大の貢献をなし、特に戦後の衣食住の窮乏化にあった市民の生活確保や産米供出に特段の努力をなすほか、優先して教育面の充実、施設整備を進める一方、国民皆保険の先駆として、他に先駆け国民健康保健制度の全市民への適用等住民の保健福祉向上に大きく貢献されました。

 


 

濱名儀三(はまなぎぞう)氏

濱名 儀三(はまな ぎぞう) 氏

生年月日 明治41年3月26日
推挙年月日 昭和57年10月20日
平成8年12月22日永眠

教育委員、市長及び千葉県議会議員等数々の要職を歴任し、高邁なる識見と卓越した行政手腕をもって、市政の発展と市民福祉の向上多大の貢献をなし、特に教育施設と生活環境の整備に意を注ぎ、校舎、体育館等の建設を始め、市営住宅、し尿処理場、市営霊園の設置、さらには児童福祉の面から市営保育園の設置等、市民生活に密着した行政を強力に推進してきたほか、木更津市開発協会を設置し、祇園団地の造成等今日の東部振興の基盤を築き上げました。
 

 

 

北見日吉(きたみひよし)氏

北見 日吉(きたみ ひよし) 氏生年月日 明治39年11月3日
推挙年月日 昭和57年10月20日
昭和64年1月2日永眠

市議会議員及び市長等数々の要職を永年にわたり歴任し、卓越した行政手腕と強い信念をもって、市政の発展と市民福祉の向上多大の貢献をなし、特に教育施設、都市環境の整備のほか老人福祉に力を注ぎ、市民会館、市民体育館、市庁舎を始め図書館、社教センターの建設さらには校舎の鉄筋化推進と体育館、プール建設を積極的に進める一方、土地区画整理事業及び土地開発公社による宅地造成等内陸部開発を推進し、都市化への基礎を築き上げました。

 


 

小山義雄(こやまよしお)氏

小山 義雄(こやま よしお) 氏生年月日 明治39年1月3日
推挙年月日 平成4年10月26日
平成9年12月25日永眠

木更津市教育委員会教育長(6期)等、数々の要職を歴任し、高邁なる識見をもたれ、卓越した行政手腕と広い視野に立って、市の教育文化の向上に多大な貢献をされました。
特に、教育施設の充実と整備に力を注ぎ、校舎、体育館の建設をはじめ、市民のコミュニケーションの場である公民館の建設など、市民のニーズにあった文化都市づくりに尽力されました。

 


 

石川昌(いしかわまさし)氏

石川 昌(いしかわ まさし) 氏生年月日 大正11年5月15日
推挙年月日 平成9年10月13日
平成28年9月12日永眠

木更津市長(4期)等数々の要職を歴任し、卓越した行政手腕と持ち前の責任感と実行力を持って、市民福祉の向上と市政の発展に多大な貢献をされました。
特に教育施設と都市環境の整備並びに産業の振興を図るとともに、老人福祉にも力を注ぐ一方、校舎、体育館、プール、公民館をはじめ、クリーンセンター、さつき園、市民総合福祉会館、木更津駅西口再開発ビル等の施設整備を図るほか、かずさアカデミアパーク事業の推進、東京湾横断道路、東関東自動車道館山線の建設促進など、市民のニーズに応えるべく積極的に行政を推進されました。
 

 

 

千代倉胖(桜舟)(ちよくらゆたか(おうしゅう))氏

千代倉 胖(桜舟)(ちよくら ゆたか(おうしゅう)) 氏生年月日 明治45年5月25日
推挙年月日 平成9年10月13日
平成11年12月2日永眠

木更津市文化協会会長(4期)、千葉県美術会常任理事、千葉県書道協会会長、君津郡市書道協会会長等を歴任し、書の活動をとおして地域における生涯学習、文化の振興に尽力するとともに、本市における芸術文化の向上に多大な貢献をされました。
特に、現代書の創造を目指して活動の範囲は国内にとどまらず国外までに及び、ワシントンインターナショナル大学美術部教授時代、書家では世界ではじめてアメリカにおける書活動の功績でマスターオブツアーの学位を受けました。

 

 

 

丸山忠久(まるやまただひさ)氏

丸山 忠久(まるやま ただひさ) 氏 生年月日 昭和45年9月5日
推挙年月日 平成12年9月27日
 

本市出身で平成2年に19歳で四段に昇格以来、プロ棋士として活躍されています。平成7年に将棋大賞「連勝賞(24連勝)」「新人賞」を受章、平成8年には将棋大賞「最多勝利賞(46勝)」「連勝賞(17連勝)」を受章されました。
平成11年の第17回全日本プロトーナメントで優勝の後、平成12年の第58期名人戦において名人位(第11期名人)を獲得されました。この功績は顕著であり、将棋を通じて青少年の健全育成に努め、郷土・木更津市の名を全国に広めるとともに、文化の振興に尽力されています。

 

 

 

真板益夫(まいたますお)氏

真板 益夫(まいた ますお)氏生年月日 大正9年10月12日
推挙年月日 平成17年6月24日
平成27年11月23日永眠

学校法人君津学園の創始者として、専修学校を始め、幼稚園、高等学校、短期大学、大学を設立するなど多くの人材育成に努め、本市の私学振興の先駆者として教育界の振興に尽力されました。
教育を通じて壮大な気宇をもった人材を輩出することを基本理念に、学校教育による人材育成を人生最大の課題として、一層の精進を重ねられました。

 

 

 

 

市民栄誉賞

木更津市民栄誉賞は、市民に明るい希望を与え、もしくは文化、スポーツ、あるいは一芸に秀でて知名度があり、その業績が顕著で木更津市の名を高めた者及び団体に対して、その名誉をたたえるものです。

財団法人かずさディー・エヌ・エー研究所

平成13年2月22日贈呈
先端技術産業の国際的水準の研究開発拠点の形成を目指す、かずさアカデミアパークの先導的・中核的施設として平成6年10月に開設され、平成8年から日欧米の研究機関の国際共同プロジェクトとして進めていた「シロイヌナズナ」の全ゲノムの完全解読を完了し、平成12年12月13日に世界初の植物の全ゲノム構造の成果を発表しました。
この業績は、今後の農業の生産性の向上など、地域経済の振興に期待でき、同時に木更津市の名を全国及び世界に広めました。

連続ドラマ・映画「木更津キャッツアイ」シリーズ製作者一同

平成18年11月23日贈呈
木更津を舞台に斬新な構成とストーリーで熱狂的ファンを虜にし、若者を中心に木更津市の名を全国に高めており、「木更津キャッツアイ」を見た人が、木更津港まつりの「やっさいもっさい踊り大会」に「木更津キャッツアイ連」として全国から大勢の人が参加するなど港まつりを盛り上げていただきました。
また、木更津市・木更津商工会議所・みまち通り商店街等が「木更津キャッツアイプロジェクト」で「バーバータブチ」の展示、ロケ地マップの作成など様々な企画を行い、休日には多くのファンが木更津市を訪れるなど、地域経済の振興にも期待できるようになりました。
木更津キャッツアイは市民に明るい夢と大きな希望を与え、郷土木更津市の名を高め、市民に敬愛されるところであります。

 
 

峰幸代選手(木更津総合高等学校卒)

平成20年11月12日贈呈

峰幸代(みねゆきよ)選手

峰幸代選手は、北京オリンピックにソフトボール日本代表として出場し、準決勝、3位決定戦、決勝戦と特に順位を決する終盤の重要な試合に上野由岐子投手とともにフル出場し、頭脳的なリードと堅守で金メダル獲得に大きく貢献しました。
オリンピックでのソフトボール競技においては、正式種目として採用されたアトランタオリンピック以来、シドニー及びアテネオリンピックと、アメリカが3連勝しており、日本はそれぞれ4位、銀メダル、銅メダルと今一歩のところで金メダルを逃していました。
また、次期2012年(平成24年)のロンドンオリンピックではソフトボールは、野球などとともに、採用種目からはずされることが決定しており、北京オリンピックは、言わばラストチャンスでした。
こうした背景をもつ日本のソフトボールがアメリカを倒して悲願の金メダルを獲得したことは、国民に明るい希望と夢を、そして大きな感動を与え日本中が大いに沸き立ちました。
峰選手の活躍は、市民の誇りであり、市民に希望と勇気を与えるとともに木更津市の名を高めました。

 

 

 

 

鷹見由紀子選手(清和大学職員)

平成21年10月17日贈呈

鷹見由紀子選手鷹見由紀子選手は、平成21年8月にブラジル・サンパウロで開催された、第14回世界剣道選手権大会に日本代表として出場し、女子個人で優勝しました。
鷹見選手は清和大学在学時に全日本女子学生剣道選手権大会で団体・個人で優勝するなど、これまでも輝かしい戦歴を残されています。
剣道世界一の快挙は、市民の誇りであり、夢を追いかける多くの人たちに大きな夢と希望を与えるものです。