住民の自主自立による精神で、きれいなまちづくりを!

丸紅食料株式会社顧問梶川浩氏(かじかわひろし本市朝日出身)プロフィール

1939年生まれ、東京大学経済学部卒業後、丸紅飯田(現丸紅株式会社)に入社。同社食料部
門の食品原料部長等歴任後、平成7年、専務取締役として丸紅食料株式会社へ。平成9年か
ら同社代表取締役社長に就任、平成16年から現在の顧問に至る。 

外から見る木更津への思い

市長)本日はお忙しいなか、ありがとうございます。私も市長になり3年が経ちますが、その間、木更津には様々なことがありました。平成14年4月の就任当時、バブルがはじけ、木更津に限らず地方が衰退していました。なかでも、木更津は、駅前の「そごう」「西友」などの大型店が同時期に撤退してしまうなど、元気のない木更津になっていました。そこで、私は「元気のある木更津」という、わかりやすいスローガンを掲げ、再生に向けたまちづくりを進めてきました。どうぞ、今後のまちづくりの方向性へご意見を頂戴できればと、よろしくお願いいたします。

梶川)私も、地元出身者ということもあって、木更津に対しては特別の想いがあります。また、水越市長とは同級生で、普段は「おい水越」「梶川」いう間柄で、その水越が市長として木更津の舵取りを必死になって取り組んでいる。ほっとけませんよね。私で役立つことがあれば、ぜひ、お力になりたいと思います。こちらこそどうぞよろしくお願いします。さて、私も木更津を離れてだいぶ経ちますが、やはり「元気のなさ」が気になりますね。高校の同窓会の役員をしている関係から、当時の仲間と時々会いますが、シャッター通りなどの話しが出てきて寂しがっていますよ。街そのものが昔と大きく変ってしまいましたね。昔は、木更津といえば西口でした。その賑わいは、近隣の中心市でしたから大変なものでした。映画を観たり、与三郎通りを歩いたり、それが今は当時のお店もほとんどなくなってしまい、私達が思い出として抱いているイメージとは一変してしまった。当時を知る我々の仲間はみんな寂しがっていますよ。

市長)確かに駅前の「みまち通り」などは、人と人の肩がぶつかり合う程でした。沿道に商店が並び、県南の商業都市として、経済の中心でしたね。近隣市から、多くの方が木更津に来ました。木更津に来れば買いたいものがある、食べたい物がある、遊べる。お正月やお盆になると皆、木更津に来ましたね。 

対談の写真

梶川)商業にとって環境の変化、特に車社会になったというのが大きいと思います。木更津が栄えていた頃は車の台数はそれ程ではなかった。久留里線や内房線で皆さん買い物にいらっしゃったので、自然と駅前が栄えました。それが車社会になった。この変化への対応が遅れてしまったのかもしれませんね。

市長)昭和30年代は喫茶店が流行って、コーヒーを飲むとモダンな感じがいたしました。それだけでも経済効果です。木更津には芸者さんも多数いて、割烹料理店が多かったですね。また、呉服屋さんや材木屋さん、海苔業者さんなど、当時の地場産業も活発でした。それを考えると産業の衰退が商業の衰退にも結びついていますね。 

外部応援団の取組みについて

梶川)我々出身者も寂しがっていますよ。先日も木更津高校の同窓会の東京支部の皆さんが、何かできないかということで、木更津の再生に向けたキックオフをしましたが。

市長)ありがとうございます。私もそのキックオフに参加させていただきましたが、とてもうれしく思いました。郷土木更津を思う気持ちがひしひしと伝わり感激しました。ちょうど、第1回の対談をさせていただいた法木先生からのご提案もあり、新年度から「活性化応援団事業」をスタートさせたいと思っております。本事業は、木更津出身やゆかりのある各界でご活躍の方々にご意見を頂戴するとともに、外部応援団として木更津の活性化やイメージアップに向けた活動へご支援を頂けないかと、梶川にも、ぜひ、メンバーの一員として協力をお願いしたいが?

梶川)喜んで協力しますよ。木更津市民は12万ですが、我々出身者を外部応援団として木更津のまちづくりへ取り込んでいけば、木更津のファンはもっともっと広がりますよ。先ほども話ましたが、みんな寂しがっていますから、活性化への取組みなら喜んで協力しますよ。ぜひ、ネットワークづくりをしていただきたいと思います。そして、そのネットワークを広げつつ、今後の様々な取組みに生かされたらどうでしょうか?

市長)これまでの間、地元の皆様から、再生に向けたご意見をいろいろと頂くわけですが、なかでも「もっと広域的な視点でまちづくりをすべきではないか」というご意見をいただいておりました。ご承知のように、今はグローバルの時代、社会も経済もアジアを含め海外へ拠点を広げる企業やスポーツ選手も増えてきております。また、インターネットの普及もそうですが、情報も瞬時に世界中へ配信できる時代になりました。一方、木更津は、平成9年に開通した東京湾アクアラインにより、東京都市圏と非常に近接するとともに千葉県の新たな玄関口になりました。このようなポジショニングから、広域連携拠点としての新たな役割も期待されております。ぜひ、ふるさと木更津を愛する皆さんのお力を借り、広域的な取組みのなかで、再生へ向けたまちづくりを進めていきたいと思っています。 

木更津の再生に向けて優先的に取り組むべきこと

市長)今回の木更津港を活かした新たなまちづくりを進める「みなと木更津再生構想」も再生に向けた取組みの一つです。駅西口から臨海部にかけ、港や大規模集客施設の立地等により賑わいを呼び戻そうとする構想です。また、アクアライン完成後、木更津に人口が流れ込むと予想され区画整理を進めてきました。しかし、完成してみると有史以来の土地下落が起きてしまい、土地はあるのですが住む人がいない、この事態を何とかしようと考えたのが持ち家奨励条例です。30万円の奨励金を出します。人が住めば、やはり街は潤いますし財源にもつながります。

梶川)外部から人や資産を域内へ誘引する仕掛けは今後のまちづくりには重要な視点です。ぜひ、期待しています。このような取組みと併せて、私が、ぜひお願いしたいのは、木更津に住んでいる方が木更津を誇れるようなまちづくりをしていただきたい、ということです。自主自立の精神です。これまでは地方は、国のリーダーシップに付いていけば間違いなかった。地方もその様な考えが根付いている。典型的な例は、補助金の交付、本当に必要な補助金であればよいのですが、そうでないものを貰っていると自立する精神や発想をなくしてしまうのでは。

市長)自主自立の精神、大変よいことだと思います。

梶川)時々、母に会いに木更津へ戻ってくるのですが、その度に感じることが「まちがきたない」ことです。きれいなまちづくりを、できることからおやりになったらいかがでしょうか?

市長)先日の木更津高校同窓会東京支部の総会の席上、開口一番に言われた事が木更津は街が汚いということでした。

梶川)汚れていると悲壮感すら感じてしまう。もう少しなんとかならないものでしょうか?木更津駅は毎日3万人が利用すると聞いております。また、我々のように、外からの来訪者が最初に降り立つ場所は駅前ですし、アクアラインの開通後は高速バスの発着場所もあります。ぜひ、今からでも駅周辺から綺麗にしていただきたいと。けっして、お金をかけろということではありません。私は以前ブラジルに住んでいましたが、ブラジルの地方都市サンタカタリーナでは、ドイツ人街があり、ベランダの飾りなどを競い合っていて、その年の優勝者は市民税が免除さるので、皆、一所懸命取り組んでいます。そうすると、自然と街並みが美しくなって、立派な観光地になっています。木更津も、住んでいる人が、周辺をきれいにしていく、行政はその手伝いをする事です。街路樹の整備や、ガーデニングのコンテストなど簡単なことから初めてみてはいかがでしょうか。そして、一番大切なのはそれを持続させる事です。

市長)そうですね、その持続させるというのが一番難しいのですが。

梶川)どこに行っても花がある。そんな事が街を誇れるようになって行きます。まずは、駅前から美しくして、住民の方や来訪者に喜ばれるようにしていきましょうよ。

市長)確かにそうですね。駅前は街の顔ですし。特に、駅前には、お食事処が増えると良いと思っています。駅の近くに観光バスが入れて美味しいお魚が食べられるところがもっと欲しいですね。駅から港までそういったお店が続いて港には散策できる場所があるというのが、みなと再生構想です。この構想は実現に向けて検討中なのですが、多くのご意見をとりいれたいと考えています。

梶川)本当の意味で政治力が求められてきますね。ビジョンを出し、どう実現していくか。具体的にどうするか。木更津から出て行った人に帰りたいと思わせる街にするためには、お年寄りや子供を大事にしなくては。駅のホームにエレベーターもエスカレーターも無かった。これはお年寄りに優しくないです

市長)それについては要望も多く、新年度エレベーターが設置される予定です。

梶川)いいことですね。やはりそういったものが無いと街としての魅力にも欠けてしまいます。

市長)また、多くの方にいわれますが、木更津のイメージはやはり海や魚だと。

梶川)確かに木更津は東京湾の中央に位置し、江戸前である。そのイメージは強いですね。海苔も同様です。「浅草のり」は良い香りでした。

市長)残念なことに、今は「すさび海苔」というのがほぼ100%です。浅草海苔は全滅の危機にあっています。やはり、固さと香りが違いますね。

梶川)「浅草のり」を復活させてはいかがでしょうか?「浅草のり」の復活に取り組んでいる方の新聞記事を読んだ事があります。やはり良いものは復活させるべきです。今の時代、特徴のあるものには注目が集まりますから。ハスなども素晴らしい特産品です。それ以外にも文化遺産としては証城寺や斬られ与三郎もありますが、一番は金鈴塚古墳だと思います。古事記に載っている伝承もあるのですから次世代に受け継がれていかなくてはなりません。

市長)ドイツで金鈴塚の出土品の展示がされたんですよ。

梶川)国の重要文化財ですものね。あれだけの前方後円墳があったという事はそれ程の豪族がいて、日本武尊の伝承が残るわけですからもう少し全国に発信されるべきですよ。私は色々な方にお会いすると、必ず紹介をしますが、皆さん感心していますよ。

市長)ありがとうございます。

梶川)これらの文化遺産も、市のイメージアップのため、積極的に活用されてはいかがでしょか?ちょうど今は時代の踊り場です。ですから、昔の木更津に戻そうとすると無理があるのです。時代の流れを読むことが大事です。

市長)良い時を懐かしんでばかりではいけないですね。

梶川)そうですよ、昔から「昔は良かった」と言っているのですよ。何でもできる範囲から手を付けるべきです。木更津は、皆さんの家なのですから。きれいにして、文化ももっと誇るべきです。上総博物館と金鈴塚保存館などを複合施設にし、お茶を飲めたりすれば、もっと、大勢の方がお見えになるのでは?とにかく、これまでのやり方をするのではなく、民間を活用したりして新たなやり方を模索してください。東京都市圏にこれだけ近接していて、海、里山、温暖な気候と住む条件はそろっているのですから。

市長)本日は、大変貴重な意見を頂戴できました。住民参加の自主自立の精神によるまちづくりを進めていけということで、その一つの取組みとして、きれいな町づくりに取り組めということですね。早速関係機関で検討したいと思います。今後とも、木更津の外部応援団として、木更津のPRや様々な活動へご支援をお願いします。