木更津の魅力は「歴史」「文化」「自然」・・・、そして『まちづくり』へ

青山学院女子短期大学非常勤講師
NHK文化センター講師
片山由美子(かたやまゆみこ)氏

1952年生まれ
1990年第5回俳句研究賞、1994年俳人協会評論新人賞を受賞。
俳誌 「狩」 同人、俳人協会幹事、日本文藝家協会会員、青山学院女子短期大学国文科非常勤講師。
新聞や雑誌への執筆のほか、全国各地の俳句大会などで活躍。
NHK「俳句王国」の主宰としてテレビ出演。
海外子女文芸作品コンクール審査員、俳句雑誌 『俳壇』 の 「俳壇賞」 選考委員などを務める。
句集 『水精』 『天弓』 『風待月』 など4冊、評論集に 『現代俳句との対話』 『現代俳句女流百人』、対談集 『俳句の生まれる場所』、エッセイ集 『鳥のように風のように』 のほか、著書多数。

第4回対談
(左)水越市長、(右)片山大使 

はじめに

市長) 本日は片山大使にお忙しいところお越し頂き有り難うございます。ようこそ木更津へ。早速、先程は太田山の安西家をご覧になられたようですが、いかがでしたか。
片山) とても立派なお宅が残っており驚きました。地方に行きますと結構古い民家を保存しているところがございますが、なかなかあれだけ古いお宅を保存しているのは珍しいと思います。
市長) 旧鎌足村の安西家の旧家を移築したもので、現在、サタデースクールとして、外国の先生をお招きし、小・中学生を対象に土曜日に英語を教える場所として使用しております。教育委員会が主体となり、外国の先生が旧家の板の間で英語を教えることで、非常に人気を得ています。単に施設を見せるだけでなく、色々な面で施設を活用しようと検討した結果、サタデースクールを実施するに至ったところです。
片山) 本日も小学生が見学に来ており、色々な体験をしておりました。
市長) 木更津には色々な思い出もお有りでしょうが、現在、木更津を活性化するために色々検討しておりますが、先生は東京に出られてから、ある程度の時間も経過していると思いますが、外から木更津をご覧になって、いかがでしょうか。
片山) 東京にこれだけ近く便利なところですから、本当の田舎でもなく、その中間にあり、頻繁に首都圏と行き来をしながら、かつ、交流出来るところとしては最適な場所ではないでしょうか。
市長) そうですね。とにかく、アクアラインの開通により首都圏・京浜地域に非常に近くなりました。昔は港街として、五大力船(木更津船)が頻繁に江戸と往航し、商業・文化の交流により栄えたところですが、現在、アクアラインの開通により都心まで1時間、横浜へも1時間程度で行くことが可能になりました。
片山) 今日は天気が良く、橋も良く見えましたが、本当にすぐ手の届きそうなところが対岸ですね。
市長) 最近はアクアラインを活用して、テレビ会杜等がドラマ制作のため、木更津をロケ地に撮影に来ることが増えておりますが、何とかもう少し木更津を元気にする方策を考えるべく、本日、先生にお越し頂きましたのは、片山先生は俳壇でご活躍されておりますので、「文化」の観点から何か木更津を元気にする方策を伺えると幸いです。お聞きしますと、先程の安西家で一句詠まれたとお伺いしておりますが。
片山) 折角の機会ですので、先程、安西家で一句詠ませて頂きました。今日は東京湾も綺麗に見えましたので、こんな句を作ってみました。『一湾の鏡びかりに小六月』と申します。本日は陰暦ですと10月になるのですが、東京湾が平らに綺麗に光って見え、良い天気が続く様を「小六月」と言うのですが、丁度本日は小春日和ですので、「小六月」という季語を用いて作ってみました。
市長) 『一湾の鏡びかりに小六月』、太田山の上から展望した景色に最適な句ですね。有り難うございます。
片山大使、太田山にて 

文化面から見た木更津の活性化方策について

片山) 昔から木更津は文化人を沢山輩出しており、特に短歌・俳句などは盛んなところでした。今でもサークルや全国的な結杜に属している方も沢山おります。しかし、地域の会というのはそこの地域だけに留まってしまいがちですので、そういう地域の活動を全国に広げる機会があると良いのではないかと思います。
市長) 本11月、文化の月において、それぞれ各地域の公民館で文化祭を実施しておりますが、現在、木更津には色力な分野の170程度のサークルがあり、もちろん俳句や歌のサークルもあり、色紙に句や歌を詠むなど活動しております。11月2から3日において、市内16の公民館で文化祭を実施し、文化活動を展開しております。また、木更津の富来田地区は、万葉の歌が歌われたのをヒントに、駅を起点に「いっせんぼく」という水の湧き出る場所や万葉の歌の歌碑を所々に設置するなど、地域の人々が手作りでハイキイグコースを整備しております。
片山) 昔、「防人の歌(万葉集)」というのがあり、辺境の地に徴用されて行った兵達が故郷を歌った歌で、「馬来田の嶺ろ(うまくたのねろ)」と歌っております。馬来田とはとても古い地名で、私も子供の頃からどうして馬来田と呼ぶのかと思っておりましたが、「うまくた」と詠んでいるのです。とても由緒ある地名です。
市長) 既に駅からハイキングコースにかけて、歌碑を5基設置しております。天気の良い日は、様々な年代の方がリュックを背負い、ハイキングコースを歩いている姿を見かけます。ただ歩くよりもこのような歌碑があると、その地域で詠まれた歌ではなくても興味を示し、また、帽子に赤とんぼが止まったり、釣舟草や秋あざみが咲いていたりする光景を見掛けると、その光景は非常に情緒があるものです。また、「こすもすフェスティバル」というイベントを実施しておりますが、まちおこしの一つとして、地域の人が自ら考え、実施して頂いておりますので、非常に素晴らしい取組だと思っております。
片山) このような取組が理想だと思います。住んでいる人達がこういう街を造りたいと思い、整備されていくのが理想だと思います。街中にも歴史的な資源が存在しておりますので、それぞれを繋げるような散歩道があると良いのではないかと思います。
市長) 市史などを見ると、江戸後期には、小林一茶が木更津に数十回も訪れたと記されており、上総周辺で歌われた句は100句程度あると聞いております。木更津でも東岸寺にお越しになり、句を歌われていると聞いております。
片山) そのようです。全国どの地域でも同様ですが、その地にゆかりの人に肖ってまちおこしを行うのは一つの方策だと思います。歌舞伎が好きな方などは「与三郎の墓」にお参りに行く方もいらっしゃると思います。親しんでいるものを活用することは重要だと思います。
市長) 木更津にも文化的な要素が沢山あり、小林一茶も木更津で句も詠むなど、木更津を訪れた人が、こんな句聞いたことある、こんな句が木更津で詠まれていたのか、など文化的な木更津をPR出来たら良いと思います。
片山) 俳句をしている方も、そんなに何度も小林一茶が木更津に訪れたことを知らないと思いますので、おおいにPR出来たら良いと思います。
市長) また、木更津を訪れた方が木更津の風景を見て、自然に歌が浮かんでくる環境にしていかなくてはならないと思いますし、何か特徴のある環境が欲しいと思います。
片山) 俳句を詠む人達は「吟行」と呼ぶのですが、景色を見てその場で俳句を作る吟行会を開催し、地域の人々に参加して頂く機会があると良いと思います。先般、かずさアカデミアパークで「木更津応援団大使全体懇話会」が開催され、木更津市の現状等、様々なご説明を伺いましたが、その際、非常に貴重な経験を致しました。帰り際、かずさアカデミアパークでバスを待っている際、ホトドギスが鳴くのを聞きました。ホトドギスは南から渡って来る渡り鳥ですが、渡る途中で房総半島を通過していくのだと思います。南から渡ってきて、丁度、木更津(千葉県)が中継点となり休憩場所になっているのではないかと思います。このように野鳥の声を聞きながら吟行会が開催出来れば非常に効果的ではないかと思います。
市長) それは良いアイデアだと思います。
片山) 首都圏から家族が1から2泊、遊びに来て、その近辺で散策出来るような、遊歩道や森などがあったら良いと思います。
市長) 以前、お越しになった際、ご案内出来ませんでしたが、かずさアカデミアパーク内の矢那川ダムでは、木更津固有の鎌足桜や梅を植栽しております。そういうものを取り込んだかたちで、散策・鑑賞出来る場所を整備するのは重要だと思います。
片山) いわゆる作った公園ではなく、ありのままの自然を活かした場所を都会の人は求めていると思います。自然のありのままの姿が重要であり、都会に住んでいる方の中には田植えや稲刈りを見たことがなく、田んぼが見たいという人も俳句を作っている人の中にはおります。実は俳句には農作業の季語が沢山あり、日本人の伝統として稲作が季節のべースになっておりますので、稲作に関連する季語が沢山あるのですが、都会生活者は稲作を見たことがないと言う人が多く、田んぼがあるだけでも俳句を作りに来ると思います。
市長) かずさアカデミアパークの近辺に里山があるのですが、今年の夏休みに公民館でホタル狩りを計画・実施したところ、子供達より大人が非常に感動しておりました。
片山) ホタルはどうされたのですか。
市長) 里山に自然生息しているホタルです。事前に公民館の職員がホタルの生息している場所を探しておきました。里山の上流では、まだ昔ながらの小川が残っており、ホタルの生息に必要なカワニナも生息しております。
片山) ホタルは一般に夕方19時と21時の2回、出てくると言われております。また、ツアーでしたら、都会からも泊りがけで見に行くことが出来ます。
市長) ホタル狩りのような企画をツアーに発展させていくことも可能ですね。
片山) 夏休みは、「星を見る会」として、例えば市内の理科の先生で退職された方など、天文に詳しい先生にお願いして、地元の子供達と都会の子供達とが一緒に星を見る企画なども考えられるのではないでしょうか。
市長) 今回のホタル狩りは、7月中旬頃でしたが、稲が真っ青に生育した姿が非常に印象的でした。来年も是非実施しようと思っております。
片山) このような取組は是非広げて頂きたいと思います。
市長) 中尾・伊豆島も里山のような地域でしたが、現在は土地区画整理事業により宅地が整備され、昔の風景は残っておりませんが、その地域を「ほたる野」と呼んでおります。ホタルが昔沢山おりましたので、地主の方達がその思いを残し、命名した模様です。
片山) 市役所からほたる野は遠いですか。
市長) 距離的には遠くありませんが、ホタルは既におりません。しかし、造成とともに調整池を作りましたので、その調整池にホタルを飼育しようという動きもあります。
片山) 是非、そのような取組は成功して欲しいと思います。
市長) 昔はアメリカザリガニを釣ったり、とんぼに糸を結び、飛ばしたりして遊んだものですが、今は昔のような遊びがありませんね。
片山) そういう遊びを教えてあげるのも一つのイベントになると思います。
市長) むやみに開発を行わなくても、そういう自然を残して活かして、情操教育の場にも活用でき、また、そういうものに触れ合う機会も小学生時分には重要だと思います。様々な保育園・幼稚園がありますが、一部の幼稚園では「芋掘り」体験をし、泥まみれになることを教育の一環としているところがありますが、そのような園は非常に人気があると聞いております。親達もそのような取組を望んでいるのかもしれません。
片山) 他の風景を真似しても、所詮、本物には勝てない時代ですので、元あるモノを活かした方が良いと思います。今の人達は、本物志向で借物には興味がない時代だと思います。
市長) 首都圏に近接しており、日本の原風景に接することができるところも残しておきたいものです。
片山) それが博物館的ではなくて、例えば、田んぼも実際に作っているところを見せる・体験させるところが必要だと思います。一つの提案は、例えば、ホテルとタイアップして家族で夏休み何日か滞在し、色々な事が体験できるプログラムを組むなど、考えられると思います。
市長) あまりお金をかけたり、設備を投資したりしなくても活かす方策はあると私も思っております。関東地域には4,000万の人がおり、日本の人口の3分の1が関東圏にいる訳ですので、自然も豊富で開発余力のある房総半島に気軽に来て、気軽に帰れるような、しかも子供達には勉強になる、或いは遊ぶことが出来る、そのような取組を仕掛けていければと思います。
片山) 大賛成です。「木更津を知っていますか」と友人・知人に聞くと、「ゴルフに行く途中で通りました」とよく言われますが、木更津に訪問して頂いて何かして欲しいです。私は元々、街並みやまちづくりに関心があったのですが、外国に行くと街が凄く美しいのに、何故日本は美しくないのだろうかと思うのです。町並みやまちづくりの分野の本を、時々読んでいるのですが、最近、「まちづくりと景観(田村明:岩波新書)」を読みましたら、要するに日本の風景が破壊されたのは、明治になった時と戦後だと書かれております。太平洋戦争後の日本は、展望も無く、とにかく乱雑に作り直してしまった訳です。昔、江戸時代にはそれぞれの街が皆、特徴のある美しい街だったと言うのです。ただそれが乱雑に街を作り直してしまったというのが、ある意味、街並みを破壊したと言うのです。外国の街は第2次世界大戦で跡形も無く破壊されても、もう一度、美しい元の街を作り直すのです。昔の街並みを作ろうというのがそこに住んでいる方の当たり前のような発想なのに、目本は全然昔に帰ろうとか、そういうことを考えないですね。池内紀(いけうちおさむ)さんというドイツ文学者の方が、前に新聞で書いていたのは、「街は記憶装置である」。これはとても良い言葉だと思うのです。街並みを変えたら過去の歴史は消えてしまう、ですから外国の方は100年、200年の歴史を守るために街並みも保存するのです。ワルシャワに行ったことがあるのですが、ワルシャワも跡形も無く破壊され、建物の設計図も一切残っていないのですが、絵と写真をもとに戦前の破壊される前の街を作り直しているのです。そういう意識が全然違うのです。ですから今更、元に帰れないと言うのであればこれから新しい街を作る時に新しい歴史や記憶を作るための街を作るという意識がないと、ただ乱雑に新しいものを作っても駄目だと思います。それともう一つは、個性がなくては駄目だと思います。それぞれの街の何か特徴を活かしたまちづくりを実施していかないと、他の地域と差別化出来ないと思うのです。今、やはりまちづくりということが何処でも盛んに言われている訳ですが、どの地域でも同様に取り組んでは駄目だと思います。木更津はこういう街を作りたいというコンセプトがないと駄日だと思います。
市長) 「木更津」という地名の認知度は結構高く、私も国内様々なところに行きますが、木更津を解らない方は殆どいません。木更津というイントネーションが良いなど、様々な事を言われますが、確かに歴史が古く、伝統的な資源・話題も存在するので、これを名前倒れにしないよう努めて参りたい。先般、「地域ブランド調査2006(株式会社ブランド総合研究所)」で、県内36市中、浦安市に次いで認知度は2位でした(全国113位、全国1位は札幌市)。今は「木更津キャッツアイ」に支えられている気がします。
片山) 私も頂いた木更津PR用の大使名刺をあちこちで配っているのですが、皆さん木更津を良くご存知で、特に若い子達は木更津と言うと直ぐに、「やっさいもっさい」とか「木更津キャッツアイ」とか話題に出てきます。この前も授業で生徒が最近見た映画で「木更津キャッツアイ」が面白かったと言っておりました。
市長) それから幾分年配の方だと、潮干狩りで行ったことがあるなどお聞きします。最近、木更津を舞台にするドラマが数多く出来ており、先般も樫山文枝さんがお見えになり、紀伊国屋サザンシアターで木更津を舞台とした舞台が20日間程、公開されておりました。また、数多くのドラマのロケ地としても木更津が選ばれております。しかし、木更津駅を降りて頂ければ解るように、木更津はバブル経済が崩壊後、また、アクアラインが開通してから商業が衰退の一途を辿っております。木更津だけではありませんが、シャッター通りと呼ばれ、話題になったりしておりました。
片山) 最近の時の動きとして、ドーナツ化現象の例として、木更津が取り上げられておりました。空き店舗推移のサンプル市として、木更津市が取り上げられておりましたが、全国的にドーナツ化現象の典型のように木更津が思われているのではないかと思いました。
市長) 現在、老朽化によりシャッターが壊れ始めており、景観を損なう要素になってきているので、空き店舗利用の研究も始めております。そういう空き店舗でギャラリーなどを展開したり、絵画や俳句を展示したりしているところもあると聞いております。
片山) 最近、西武線沿線の小さな街で、まちづくり活動を実践している方がおりますが、自分達が住んだり、お店を出したりする街を何とか活性化したいと頑張っています。駅前でも皆が歩いて行けるような、個性的なショップが沢山並んでいるとか、飲食店でもそうですが、それがある程度、数がないと駄目だと思います。
市長) 現在、大型店は郊外化しており、それを規制する法律も出来ましたが、木更津は飲食店のように、食べ歩きが出来るような街並み、横丁が出来ると良いのではないかと思います。
片山) 馬の周辺というのは歩くところだと思います。一頃、どこの地域もペデストリアンデッキを作った駅前が流行ましたが、モータリゼーションの進展が招いた落とし子のようなもので、歩く人達は皆、排気ガスのところを歩く、向こう側に渡るにも横断橋を渡らないと行けないなど、人間を無視した街づくりが一時、流行ってしまいました。そうではなく、歩いて行動出来ることが重要だと思います。
市長) 買い物客がアクアラインを通り京浜地区に流れるのを止めなくてならないといのは解っていますが、そのためにどうしたら良いのかということを検討し、現在、南部の埋立地に新目鐵が持つ、昭和40年代の半ばから使われていない60haの土地があり、その土地を市のために有効活用してくださいとの申し出とともに、土地をお貸しするということになり、県内の企業がお借りしますということになったところです。そこに商業施設・エンターテイメント施設を含む、大規模集客施設の立地を進めております。ただし、中心市街地の活性化が最大の論点で現在、議論しているところです。長浜の黒壁(滋賀県)などは、本などでも読みましたが、熱狂的なまちの指導者の存在・活動が大きかったと伺っています。
片山) そうです。「ローカルデザインノート(鈴木輝隆著)」という本があるのですが、この著者は、全国の色々なまちを訪間し、成功したまちづくりを取材しているのです。誰か人がいないと駄日だと思います。「皆で何かをやりましょう」と言うと絶対に成功せず、ユニークな人や誰かが発案したことを実施しないと成功しないと思います。市民の皆さんに、「こういうことを実施したい」などのコンペを実施したりしてはどうですか。
市長) アイデアを募集する方策ですね。長浜などは商工会議所の会員が、イタリアを訪問し、若い女性が大勢集客するヒントを日本に持ち帰り、その成果として、空き店舖を借り上げて法人を作り、ガラス細工や工房などを連関させたまちづくりを行ったと伺っております。小樽も同様だと思いますが、強力な指導者が存在し、民間を率いて協力を求め、参画させる、こういう力が付いてくると木更津も変わると思います。
片山) そういう沢山若い人が来るショップが出来ると良いですね。例えば、大きな駅ですと駅ビルの中に小さなショップが沢山入居しており、そういうショップが今度は街に出店し、街並みを形成していく、このような循環が出来ると更に良いと思います。その際、ある程度の人が集客出来ないと商売として成立しないので、なかなか難しいとは思います。
市長) 話は変わりますが、かずさアカデミアパークで開催されている音楽祭(MMCK(ミュージック・マスターズ・コースinかずさ))に毎年、指揮者の大友直人さんにお出で頂いております。
片山) あの音楽祭は是非、活用した方が良いと思います。
市長) あの音楽祭は是非、続けたいとの意向で、今後、市としても応援し、継続させていく予定です。
片山) 2001年から開催しておりますが、現在は富士山を守るコンサート(主催:毎日新聞)でも大友直人さんのコンサートを開催しておりますので、木更津も頑張らないといけないと思います。大友さんは、40代の中では知名度もあり、力のある方だと思いますので、そういう方と連携しない手はないと思います。クラシック音楽というのは非常にお金が掛かるものであり、私の住んでいる市では、現在かなり定着しましたが、文化事業団があり、文化事業団が財政的に支援しているため、外国から一流の演奏家を招聘し、低額で音楽を聞くことが出来ます。例えば、同じオペラでも都内だと2万5千円かかるのが、1万円で聞けるなど、大ホールは1,000(席)もありませんが、殆どの講演が満席の状態です。文化事業団主催でホールの貸し出しも行いますが、市が主催の演奏会も月に10回以上あるのですが、全部満席です。チケットを取るのが大変な状況で、何度も通う方も大勢います。地域性もあるかと思いますが、知名度が高く、市の演奏会は、安くて良いものが聞けるということで浸透しています。既に20年以上、開催しているので多くの方に認知されています。こうした取組のように公がバックアップして育てていかなければなかなか定着しないです。ある程度、予算を費やしても、それが街の文化レベルの向上やイメージアップに非常に役に立つと思います。
市長) 本市に住んでくださいと言う時に、街の文化的な施設・雰囲気・イメージも大切ですね。
片山) いきなり「田舎は良いですよね」と言っても難しく、現在、都会に住んでいる方は、様々な文化に自由に、かつ、いつでも触れられる環境にいるので、何故わざわざ地方まで行って住まなくてはならないかということを説得するのは非常に難しいと思います。その辺は時間を掛けて、文化・美術もこれだけあるというものを整備していかないと、あまり目先の事だけでなく、10年から20年先にターゲットをおいて、予算もある程度、文化に注ぐという姿勢でないと難しいと思います。
市長) 確かにそうですね。充実した人生を送っていくためには、最終的に感動や文化を求めていくと思います。
片山) 特に現在のライフスタイルはそうだと思います。お金だけでなく、心が満足しないと駄目です。特に、これから団塊の世代が話題になっておりますが、消費行動だけでなく、精神的なもので何を求めるかが一つのポイントになると思います。それと何かのアンケートで見ましたが、定年を迎え、これから行いたいことの中に「ボランティアを行いたい」という方が結構多いです。そういう方達の力をまちづくりに取り込めないかと思います。
司会) 今日、ご案内致しました安西家のガイドは、現在、70数名のボランティアが在籍し、既に確立・ご活動されております。あのような形で様々な分野で活躍できる場があると良いと思います。
片山) 知識がないといけない訳です。現在、国立博物館や川村記念美術館などでは、一般の方からガイドのボランティアを募集しております。無給ですが学芸員なみの知識を講習会で取得しております。現在、そういう方が増えている状況です。最近は年配の方でも都会に住みたいという方が多く、最近出来ている山手線沿いの高層マンションは、夫婦二人になった老夫婦が沢山入居し、自由に音楽会に出掛ける、自分の時間を楽しむなど、新たなライフスタイルを求めております。また、シルバーマンションも昔は風光明媚な所が良いとの発想でしたが、現在は都会志向が強い模様です。
市長) もう少し木更津に文化人が住むようになるための、お膳立ても必要だと感じました。

対談風景 

「定住促進」について

司会) 本市が「持ち家奨励制度」など、木更津に住んでもらうべく各種施策を展開しておりますが、生活者或いは女性の視点でご意見を頂ければと思います。
市長) 日本全体が人口減少下にある中、活力ある街・元気のある街とは、賑わいの創出・消費カの創出が重要だと思います。人口が減少する中、人口・定住者を増加させようと、「定住促進」を一つの政策に掲げる地域が多いようです。しかし、よく考えると、急に人口が増加しても良いことばかりではないと思います。教育施設や文化施設など、ある程度コンパクトな中で堅実に展開していく分には問題ないが、特に木更津はアクアラインが平成9年に完成したが、完成時には、京浜地区の人口過密地帯から開発余カのある房総地域へと沢山押し寄せてくるのではないかと懸念していました。地価は上昇、マイホームの夢は途絶え、川崎・横浜には住めない、一層都心から1時間・2時間と郊外化していく中、木更津は対岸まで15kmから15分のキャッチフレーズでPRしておりましたので、房総地域に流入するだろうと予測されており、アクアラインを意識しながら、木更津の丘陵地帯に幾多の土地区画整理事業を展開したところです。木更津が定住人口を増加させることは、賑わい・活力の創出を促進するとともに、整備した土地の販売促進のための一つの考え方として、他県・市外から木更津に移住して頂いた方、家を建てて頂いた方に30万円の奨励金を支援する、定住促進の制度を3ヵ年実施しております。現在、新築の着工件数は、近隣市の中で、本市が一番です。この結果が、制度の成果であるのかは、きちんと精査・検証しなければなりませんが、新築数は増加しており、先程のお話にありました「ほたる野」や先般、完成しました「羽烏野」、更には港南台など、丘陵地にニュータウンとして、新築の家が増えております。木更津市の人口は、平成5年の12万5千をピークに、12万2千まで微減を続け、現在は約12万3千人です。
片山) それは自然減ですか。
市長) 自然減です。昭和40年前半に新目鐵が進出したこともあり、昭和45から46年には、年間1万5千人増加した時もありました。
片山) 私の記憶しているところでは、人口7万人当たりから急激に増加したと記憶しております。
市長) 昭和50年頃、人口が10万人を超えたと思います。木更津市は、新日鐵進出後、急激に人口が増加しましたが、その後、周辺地域に人口が流出し、減少傾向にありました。他方、幾多の土地区画整理事業により宅地は豊富にあることから、定住促進を掲げ、木更津のPRを行って参りました。また、アクアラインを最大限活用し、現在運行している高速バスの学生割引を設け、京浜地域の大学に容易に通えるように、バス会杜に働きかけるのも一つの方策だと思います。学生割引が難しいようなら、スクールバスの運行をお願いしてはどうかと思います。日に何本も運行する必要はないので、朝夕、数本をスクールバスとして運行して欲しい。こういうことを少しずつでも働きかけていこうと思っております。今のところは人を増やそうと取り組んでいる訳ですが、そのための対外的な木更津のイメージとして、「住んでみたい」と思わせる仕掛けを色々検討しているところです。
片山) 「どこに住んでいるのか」と聞かれた際、胸を張って「木更津に住んでいる」と答えたいものですね。やはり、外から来て頂くには、イメージアップに長い時間が掛かると思うので、当面は、近隣の市町村と木更津を比較し、どちらに住もうかと思っている方に、木更津に来てくださいと誘い掛けが出来るような体制、例えば、若い世代のこれから子供を育てていく世代の発想は、現在、殆どの女性は働いておりますので、働きやすい、子供を生んでも勤めが出来る、ということを重視し、保育関係や学童保育などを重視し、住む時には考えると思うのです。少子化にも関係する若い世代が、何処に住もうかと思った時に選択できる街になると良いと思います。
市長) 域外から木更津に移り住んで頂くのも一つの方策ですが、この街で生まれ、小学校・中学校とこの街で育ち、杜会人になってからもこの街で生活し続けていきたい、家族を育てていきたい、と思う人を増やし、この街に残って頂きたい。この街にいても未来がない、展望がないと思われては、東京・横浜・千葉に流出してしまうので、それは避けなければならないと思います。そのためには、木更津で働いていける環境を整えていかないといけないと思います。

片山大使水越市長

片山) 木更津市には、高校が沢山(高専含め7校)あると伺っておりますが、それは一つのポイントだと思います。小・中学生はなかなか郷土意識を持つのは難しいかもしれませんが、高校というのは他の地域からもある程度来ている訳ですので、そういう人達が大学は域外に行っても、今度、帰って来る際は木更津に住みたいと思うような印象付けが出来ると良いと思います。例えば、木更津の情報を発信する際に、木更津出身の高校を卒業した人達に積極的・継続的に情報を発信して頂くなど、そういうことが出来れば良いと思います。
市長) そうですね。確かに本市は高校が沢山あるので、ここで生きていきたい、生活していきたい、と思わせないといけないと思います。
片山) 高校での思い出深い体験など、良い街だったと思えるような印象付けが出来ると良いと思います。木更津は首都圏にも通える地域ですので「家を建てる際は木更津」と思えるような気持ちにもなると思います。
市長) 少しずつ出来上がった住宅地に、二世・三世など域内の人達が家を建てているとも考えられます。木更津で巣立った人達が、環境も良い、木更津は良い所だと思い、家を建てて頂いているケースもあると思います。今、土地は安くなったこともあり、売れているのですが、定住促進を標榜している中で、なかなか思ったより人口が増えていないのが現状です。
片山) 例えば現在、HPを活用した情報発信も活発になっており、インターネットの普及が色々なところに影響を与えております。私の行っている俳句の会などでも、主催している出版社のHPを活用し、募集を掛けると、土曜日開催していることもあり、応募40数名の内、半数が定年前後の男性です。普通の俳句の会は殆どが主婦層だと思いますが、ネットを通じてPRしている会杜は男性が来ます。それまで俳句を行ったことがない方が、これから定年を迎えるので、試しに俳句を行ってみようかという世代、或いは定年退職した方が来ますので、ネットの影響は大きいと思います。また、最近、中高年向きの雑誌が増えてきており、中高年男性を対象とした雑誌もあるかと思いますが、そういう雑誌に広告的に働きかけるのも一つの宣伝だと思います。
司会) 市が単独でネットに掲載するのではなく、何かのネットワークを活用し、露出させて頂けるような形で、非常に経費を掛けず、民間と行政が一緒に情報発信出来るような方策が考えられないでしょうか。その中で木更津の魅力の露出度が「100」だったところが「1,000」になるような、そういう展開を地域として、行政だけでなく、ハウスメーカーや様々な団体と連携しながら実施出来ないかと考えております。地域としての広報戦略を持つ、そういう取組を展開出来ればと思っておりますがいかがでしょうか。
片山) 某不動産会社などはPR雑誌にある程度の経費を掛けており、マンションや住宅を建てている地域を対象に、「住みたい街」という街の紹介があり、そういう所に掲載されていると印象的な街だと思う訳です。住宅を選ぶ対象の選択肢に入れようかと思う訳です。住宅関係は幅が広いので何か方策があるのではないかと思います。
市長)" 木更津の丘陵地帯は非常に良い宅地です。海は見えて、夜は京浜地区の夜景も綺麗です。
片山) 先般、ご案内頂いた請西東も綺麗な所でしたが、これからあのような街が増えていくと思いますが、それぞれ街としての何かまとまりや景観など、統一感のあるまちづくりを実施していくように、市としても働きかけ、和風・洋風など、バラバラな建物ではなく、色彩の統一など、街全本の統一感を築き上げていければ良いと思います。
市長) 域外から木更津に来訪された際、「木更津は綺麗な街」というイメージが湧くような街でなければならないと思います。
片山) まず、それが大事だと思います。
市長) 外国では、色・高さなど、厳しい規制を設けているところもありますが、それは、行政が担う一つの方策だと思います。
片山) そこに住んでいる人達も誇りを持っている訳です。
市長) アカデミアパークは住宅地ではありませんが、クラスター方式として、緑を60%残す方向で整備してきました。このようにクラスター方式が踏襲され、整備されていくことが大事だと思います。街なかも同様に、綺麗な街と思えるような印象を与えたいものです。
片山) 住んでいる方達が、自分達がどのような街に住みたいのか、住むためにはどのようなことを実践すればよいのか、一緒に考えられる体制作りが重要だと思います。先般、某市の方から伺いましたが、青年会議所が発起人になり、どういう街に住みたいか、それぞれが意見を出し合う機会を設けたようですが、住んでいる人達の意見を吸い上げる、そのような機会を設けるのも良いのではないかと思います。
市長) そういう意見を集約して、それを実行・持続していくためには、それぞれが協力・実行しなければ不可能である、という道筋を作っていければ良いですね。
片山) そうです。NPOなど、協力して頂かなければ難しいです。
市長) 木更津駅西口のロータリー前には現在、おかめ笹を下に松の低木を植え、御影石のたぬき像を設置してあり、好評を得ております。
片山) 今、私が住んでいる地域は、歩行禁煙区域で歩道に禁煙マークのシールを貼ってあるため、それを見ながらタバコを吸うのは勇気がいることもあり、歩行喫煙が減少しました。駅の周辺、100mから200mは歩行禁煙区域で、駅の前には喫煙場所を設けてありますが、街の中の歩行喫煙は大幅に減少しました。実施しようとすると出来るものです。
市長) 木更津を訪れる人達を、道案内人が証成寺や木更津甚句、与三郎の墓を案内すると、木更津には結構、歴史的・文化的な資源があることに驚くようです。木更津は我が国に誇るような観光資源はありませんが、点在する歴史的な寺杜仏閣等を巡っているシニア層がおり、歌碑・句碑などを通りの所々に建ててあげるのは良いのではないかと思っています。
片山) 件句の吟行コースとしては、1から2時間周ってとても手頃だと思います。
市長) 例えば、東岸寺では小林一茶が実際に来て句を詠んでいるので、そういうことが解ると更に一層色々な印象を持って頂けるのではないかと思います。
片山) 矢那川当たりから川沿いを歩いたり、お寺巡りをしたり、海までの散策コースなど、モデルコースとして、幾つかのコースがあると良いと思います。また、句会などで散策した後に何か憩うスペースがあると良いと思います。
市長) 木更津にも文学的・歴史的由来のある施設は幾つかあるので、それを繋げるために歌碑・句碑などを設置することもアイデアの一つとしてはあると思います。
片山) 例えば、散歩コースを整備し、域内・域外問わず自由に散策出来るのであれば、例えば、そういう所で木更津を詠んだ句を応募してくだい、というようなイベントも仕掛けられると思います。人を集めなくても、ハカキで応募するなどの方策もあります。また、散策コースの中に食事出来る場所や喫茶店などもあると良いです
市長) 少しずつイメージを植えつける方策を検討することが重要だと感じました。
司会) 先程、大使のお話の中で、吟行会で詠まれた俳句に点数を入れる際、緊張しますとお話されておりましたが、例えば、そのような吟行会を、例えばネット上で年に4回、先生が選者となり、木更津に因んだ俳句を応募し、応募の中から先生が選んで頂くような機会を設けるのは難しいでしょうか。
片山) それ程手間ではないのですが、応募があるかどうかが間題です。
司会) 片山先生に選んで頂くだけで、非常に喜んで頂けるのではないでしょうか。
片山) そのためには、木更津を詠んでくださいとPRしなければなりませんね。1泊から2泊等、どれ位の規模で実施するのかですが、会議室とホテルを市内でご用意頂ければ、吟行会は開催出来ると思います。例えば、筍掘りの時期など、首都圏からのツアーを組むことも出来るかもしれません。
市長) 有り難うございます。それでは早速、事務局で調整・計画して頂き、実現に向けて取り組んで参りたいと思います。
本日は、お忙しいところ木更津までお越し頂き、また、大変貴重なご意見を頂き誠に有り難うございました。