金毘羅さま

 

木更津駅西口から富士見通り沿いに木更津港へ向かうと、富士見大橋の手前、右側に、海の守り神として広く信仰されている金毘羅様が見えてきます。
鳥居には、「金毘羅宮」の文字が刻まれた石の額が掲げられています。
鳥居の奥には、3つの石灯籠(いしどうろう)と、1つの祠(ほこら)と、1体のお地蔵様が祀られています。
真ん中の石灯籠、向かって左側の石灯籠、祠には、それぞれ、文化元年4月、文政11年6月、弘化3年9月との刻字があり、江戸時代後期に祀られたものであることが分かります。
江戸時代後期には未だ埋立てが行われておらず、現在地は海の中。では、もともとは、どこに祀られていたのでしょうか?

それを読み解く鍵は、次の絵に隠されています。

 

金毘羅さま

これは、木更津の港にあった蒸気河岸の桟橋と五大力船を描いた大正時代の絵(郷土博物館金のすず所蔵)です。
右端に、石燈籠が描かれています。拡大してみましょう。

金毘羅さま

右端の石燈籠には、「奉納」、「文政十一戊子歳六月吉日」と描かれています。

次の写真は、富士見3丁目の金毘羅さまの、向かって左側の石燈籠の側面と正面の拡大写真です。

金毘羅さま金毘羅さま

 

上半分は、補修したようですが、下半分に残っている刻字から、大正時代の絵に描かれたものと同一のものであると推定できますね。

また、絵に戻りましょう。
今、注目した石燈籠の左下に、もうひとつ石燈籠が確認できます。
拡大図で確認してみましょう。

金毘羅さま

石灯籠に刻まれた文字が見えます。
更に左側の屋根の下には、お地蔵様が祀られているように見えます。

次の写真は、富士見3丁目の金毘羅さまの、向かって右側の石燈籠と、お地蔵様の拡大写真です。

 

金毘羅さま金毘羅さま

金毘羅さま

 

富士見3丁目の金毘羅さまにも同じ文字が刻字された石灯籠があり、お地蔵様も祀られていることを考えると、この絵に描かれた場所に祀られていたものが、現在地に移ってきたのであろうことが予想されます。

では、この絵に描かれた場所はどこになるでしょうか?

次の写真をご覧下さい。

金毘羅さま

これは、昭和36年の航空写真です。
写真の上が北で、下が南です。
右端に見える、南北に伸びる太い線が「内房線」で、真ん中から少し下の辺りに、「木更津駅」があります。
駅から西側の海に向かって伸びる太い線が、「富士見通り」です。
写真の左下、海が陸地に対してL字型に食い込んでいる辺りが、絵が描かれた蒸気河岸のあった場所と言われています。

もう一度、絵を見てみましょう。

金毘羅さま

この絵は、陸地側から沖を見ており、河岸の西側と北側に陸地が見えます。
このことから、大正時代には、水面がL字型に食い込んだ一番奥の木更津駅側に、金毘羅様が祀られており、その後の埋立により、現在の場所に移されたのではないかと推定します。

金毘羅さま

 

金毘羅様が祀られている現在地(富士見3丁目)には、昭和62年(1987年)3月に「木更津船顕彰の碑」が建立されています。

木更津船顕彰の碑

 

位置図

「ぶらり木更津まち歩き」マップ(表面)でご確認を!(ほ-壱)エリアにあります

 

リンク 

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