第4回「復活!木更津河岸」の実施(平成25年10月27日開催)

江戸時代、木更津の発展の基礎となった日本橋とのつながり。このつながりを現代に復活させ、対岸地域との交流・連携に向けた取組みとして「復活!木更津河岸!」イベントを開催しました。
当日は、木更津河岸のパネル展示や町娘による木更津発の農水産物の販売を行ったほか、観光・定住情報の発信を通じて、多くの来場者に木更津の魅力をPRしました。(場所:東京都中央区日本橋「滝の広場」、来場者数:約3千人)

復活!木更津河岸! 復活!木更津河岸!
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本イベントは、日本橋・京橋まつり実行委員会が開催する「第41回 日本橋・京橋まつり」の同日イベントとして名橋「日本橋」保存会が開催する「粋だね市」の一環として、「みなと木更津再生構想推進協議会」が開催したものです。

 

「きなさぁ木更津」の実施(平成23年10月30日開催)

江戸時代につくられた、江戸(木更津河岸)と木更津との歴史的なつながりを活かし、東京日本橋で「きなさぁ木更津!」イベントを開催しました。
当日は町娘によるあさり・海苔などの木更津の農水産物の販売や移住・定住情報の発信など、多くの来場者に木更津をPRしました。(場所:東京都中央区日本橋「滝の広場」、来場者数:約3千人)

きなさぁ木更津 きなさぁ木更津 きなさぁ木更津
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本イベントは、東京都中央区のご協力により、日本橋・京橋まつり実行委員会が開催する「日本橋・京橋まつり」と名橋「日本橋」保存会が開催する「日本橋架橋100周年記念まつり」との合同イベント「日本橋架橋百年祭」の一環といたしまして、「みなと木更津再生構想推進協議会」が開催したものです。

 

第2回「復活!木更津河岸」の実施(平成22年10月31日開催)

江戸時代、木更津から江戸へ南房総の産物が海運されていました。当時、江戸において荷の揚げ降ろしが行われていた「木更津河岸」が、400年の時を越え、東京日本橋に一日限りの復活!
当日は、木更津発の新鮮な海産物・農産物の販売、木更津の観光・居住紹介、木更津と江戸との関わりを紹介するパネル展示等を行い、多くの来場者の方々に木更津をPRしました。
(場所:東京都中央区日本橋橋詰め、来場者数:約2千5百人)

第2回 復活!木更津河岸 第2回 復活!木更津河岸 第2回 復活!木更津河岸
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本イベントは、東京都中央区のご協力により、日本橋・京橋まつり実行委員会が開催する「日本橋・京橋まつり」及び、名橋「日本橋」保存会が開催する「粋だね市」の一環として、「みなと木更津再生構想推進協議会」が開催したものです。

 

「復活!木更津河岸」の実施(平成21年11月1日開催)

当日は、木更津発の新鮮な海産物・農産物の販売、木更津の観光・居住紹介、木更津と江戸との関わりを紹介するパネル展示、木更津芸者による「木更津甚句」船上パフォーマンスや、南房総特産品をふんだんに使用した限定ランチメニューの提供を行い、東京の方々に木更津をPRしました。
(場所:東京都中央区日本橋「滝の広場」、来場者数:約3千人)

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本イベントは、東京都中央区のご協力により、中央区及び中央区文化・国際交流振興協会が主催するイベント「中央区まるごとミュージアム」の一環として、「みなと木更津再生構想推進協議会」が開催したものです。

 

木更津河岸(きさらづがし)とは

木更津と日本橋のかかわり

江戸の繁栄は、中央区にある「日本橋」から始まりました。
舟による荷運びが主流だった頃、江戸城に近い日本橋川やその支流となる水路の両岸には、「河岸」とよばれる荷揚げ場があり、周辺には大店や大問屋が集中し一大商業地に発展を遂げることになりました。
荷揚げをする商品ごとに河岸が分けられ、有名な「魚河岸」や「塩河岸」以外にも、町の名や、荷が運ばれてくる地域の名を付けるところもありました。「木更津河岸」もその1つです。

木更津河岸とは

「木更津河岸」は、最初は、本舟町(現在の江戸橋あたり)にありましたが、元禄年間(1688)はじめに、対岸の江戸橋広小路(現在の中央区日本橋1丁目あたり)に移りました。
それでは、どうして、日本橋川の河岸に「木更津河岸」がつくられたのでしょうか?
資料によると、大坂冬の陣〔慶長19年(1614)〕に際して、幕府の命によって、木更津から24人の船頭が、幕府御用船の操船を任されました。結果、幕府は豊臣方に勝利しましたが、半数の12人が戦死しました。
そこで、幕府は無事に生還した12人を含む24人の船頭たちの家族の願いから、大御所徳川家康のお墨付きのもと功績を称え、江戸と木更津を結ぶ輸送権利と独占的に利用できる河岸をあたえ、「木更津河岸」が誕生したのです。
「木更津河岸」が設置された年は明らかではありませんが、元禄以降、幕末に至るまで、日本橋川の河岸の一つに位置づけられ、その権威も長く受け継がれたといわれています。

 

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